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ポルトガルの旅 編


                             イベリア半島は1/6のポルトガルと5/6を占めるスペインからなっているが、西ヨーロッパ
                         諸国の中でイスラムの支配下に置かれたのは、スペインとポルトガルだけである所に特異性がある 
                         のである。過去の人々の栄華と哀愁の翳が見られ、肌に感じられる所に旅行の素晴らしさがある様
                         に思う。かってのポルトガルは、大航海時代の主役として一代隆盛期を迎え、世界の半分を支配し、
                        特にインド、マラッガでの東方貿易を独占することで比類ない冨、財力を手にしたが、後にスペイン
                         に併合されその支配下で権益を失って行き、1640年、80年に亘ったスペインの支配を断ち切って再
                         独立を獲得している。1974年クーデターにより現在の基になった共和制が敷かれた。

                           現在は人口僅か1058万人の小さな国で、98%がカソリック教徒で信心深い国民である。1545年ポル
                         トガル船が種子島に到着して以来日本が初めて西洋文化と接した国で馴染み深い。パン、カステラ、
                         ピーマン、ボタンなどポルトガル語が語源である。首都のリスボンには、1割の100万人が住んでいる
                         が、坂道の多い狭い道には小さい車がギッシリ駐車しており、おまけに路面電車が走っており、
                         観光バスの通行にもギリギリの状態である。崩れかかった古い白壁に囲まれた家々の窓には洗濯
                         物がひらひらと舞っている。住所不定のジプシーも沢山おり、スリ、カッパライなど観光客を鴨に
                   生き繋いでいる。

                           見るべき建造物はバスコダガマの石棺があるゴシック風大建築のジェロニモス修道院、船出の地を
                         記念した発見のモニュメント、港の要塞としてのベレムの塔、内部の装飾としてアラブ風の装飾タ
                         イルが素晴らしいシントラ王宮等多くないが、唯一アラブの民族音楽の影響から生まれたファドの
                         哀愁に満ちた歌声は何時までも心に残る。今回のポルトガルを選らんだのも、6年前に聞いた心
                         にしみるファドが忘れられず是非もう一度聴きたかったからである。しかし行った店がそうなの
                         か、時代が変わったのか、余りにも明るすぎたチャラチャラした歌で、とても哀愁を感じられる
                         ものでなかったことを残念に思う・・・。

                           ベレンの塔あたりでは土産物の行商が多く、「バルセロスの雄鳥」を描いた袋を「8枚1000円!!」と
                         日本語を上手に話し寄って来る。「バルセロスの雄鳥」いわゆるニワトリはポルトガルでは、幸福の
                         シンボルとして語り継がれ、土産物のベストセラーとなっている。

                          日本人ガイドの悦子サンの言によれば、畑に植えたジャガイモ、ニンジンの味は格別で、土質の
                         せいか日本ものでは味わえない深味があるそうだ。但し大根は駄目で、ナザレ地方で有名な鰯の炭
                         火焼きには合わないそうだ。昼食に頂いたタコの雑炊は、蛸がとても軟らかく適当な歯ごたえがあり
                         美味しかった。その秘訣は、圧力釜で蛸を煮ると軟らかくなり、美味しくなると言っていた。日本
                         では一寸食べられない味で意外にも満足した。

                           翌々日リスボンからスペインへ向けて国境越えの観光バスの長旅が始まったが、リスボンから
                         約120Km南下した所にエヴォラという小さな街があり、途中のトイレ駐車の街となったが、この街は
                         ローマ時代に遡り、西ゴート族、イスラム回教徒、キリスト教徒の時代にあっても中心都市として栄え
                         て来た。街の高台にあるローマ神殿は2世紀に建てられたもので、コリントス式円柱は、建立
                         当時のもので、非常に良い状態で保存されている。また街中の広場では、不思議な光景?・・老人
                         若者の男達がたむろして井戸端会議ならぬペチャクチャ会議をやっている。日本では女性の井戸
                         端会議はあっても、此処では女性ではなく男性である所が不思議な光景であった。数百人が彼方
                         此方に屯して話しあっている。政治に関する話しをしていると言われているが、余程話好きな人々
                         であろう。

                          トイレ駐車したトイレの方はBAR(バール)と言って、日本で言う喫茶店(?)の様な所でミネラル
                         ウオーター1本買って借用する。ミネラルウオーターは大変貴重なもので、ポルトガル/スペイン
                         に留まらず、ヨーロッパの中ではスイス/北欧を除いては、水道水は石灰分が多くて日本人には
                         飲用出来ない。ビールと略同じ値段で330mlで130円位である。暑いので一本買って水筒代わりに
                      持って歩くのである。
ポルトガルで覚えた言葉は、おはよう:ボンディア  こんにちは:ボンタルデ ありがとう:オブ   リガードお願いします:ポルファボール ・・・ 
 さてリスボンを南下してスペインが近くなるころから、コルクの木が多くなって来る。コルク の木は、25年経って、やっと皮が剥げるようになるが、最初の物は硬すぎて使い物にならず、その後 5-6年経ってやっと使える様になるとか。ポルトガルはコルクの生産では世界一、その多くを日本  に輸出している。コルクの木、オリーブの木が延々と続く・・。通貨もエスクード(100esc=\61)         からペセタ(100pts=\72)に変る。

 印象に残った・・・見どころスナップ   ポルトガル編
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