MUSIC♪♪・・・Halicha Lekesaria
イスラエルの音楽を聴きながら
その雰囲気を感じご覧下さい!

ようこそ! 奇跡の舞台・ガリラヤ へ

印象に残った・・・見どころスナップ




山上の垂訓教会 
ガリラヤ湖が見渡せる標高125mの小山の上に建つ山上の垂訓教会。1930年に完成した八角形の美しい建物である。「幸いなるかな・・」の8つの句はイエスの思想、教義の重要な部分をまとめたもので、この教えは全て逆説的に書かれており、悩んでいる人々にとっては、その悩みこそが神の国に入る条件だという。その説教はこの丘の上で行われていた。教会内にはこれらの句がラテン語で書かれている。「求めよ、去れば与えられん」や「狭き門より入れ」などの有名なフレーズはこの垂訓教会で生まれた。また12人の弟子を選んだのもこの場所であったといわれている。


パンと魚の奇跡の教会
パン5つ、魚2匹をイエスの奇跡によって増やし、説教を聞きにきた5000人を満腹にさせたという伝説が残る場所。350年には既に教会が建てられており6世紀には修復されて、現在のものはその上に建てられ、修道院として使われている。祭壇中央の床のパンと魚のモザイクはとても有名だ。その他、両側の床にある蛇や鳥、草花のモザイクなども美しいものが残っている。







ペテロの首位権教会
黒色に白い縁取りの窓を持った清楚な建物が湖畔に建っている。ペテロの首位権教会だ。少し脇の木の下にイエスが弟子のペテロに宣教している銅像が建っている。ガリラヤ湖畔を歩いていたイエスが漁師のペテロとアンデレの兄弟に会った場所である。教会内部には大きな岩が置かれておりキリストの食卓と呼ばれている。この岩の上で復活後のイエスが弟子に食事を与えたといわれる。


カペナウム
カペナウムはガリラヤ湖の北端に位置する町でイエスはここを第2の故郷としてシナゴークデで宣教していた。当時4−5万人の人が住みガリラヤ湖畔で最大の町であった。今は4世紀頃に建てられたシナゴークの跡が見られる。入り口を入ったところに当時の建物に使われていた石柱や模様が刻まれた鴨居の一部が並べられている。イエスはこの地で多くの病人を癒し、彼の奇跡は貧しい者、弱い者へ向けられ、安息日と言えども働いたが・・結局カペナウムの人々も最後にはイエスを見放した・・







ガラリヤ湖クルーズ
イエスが数々の奇跡を起こした、美しいガリラヤ湖を心地よい風を受けながら40分ばかりクルーズした。4−50人は乗れそうな大きな舟で船上から眺める湖畔の風景は美しかった。心得たもので日本の国旗を掲揚し君が代を演奏してくれたのには驚いた。結構人気があるのか同じような観光船が7−8艘あり、それぞれの国の曲などをスピーカーから流しながら出船して行っていた。


古代ガリラヤの舟
ガリラヤ湖でイエスの時代の舟が発見された!この古代木船は紀元前1世紀から紀元後1世紀に掛けて漁或いは物資の運搬用に使われたものと推定されている。旱魃によりガリラヤ湖の水位が下がった時の翌年1986年地元の人により発見された。長い年月で脆くなった船体を損傷させないよう引き上げ保存には最新の技術が用いられた。長さ8.2m、幅2.3m、高さ1.2mで11種類の木材が使われていたそうだ。







Nof Ginosarのホテル風景!
ガリラヤ湖畔に建つキブツの宿泊施設。最初キブツと聞いて何だろうと思っていたが・・イスラエルの農業共同体のことで、共同体の中で財産を共有する共産主義的考えがベースになっている。旧ソ連系のユダヤ人がイスラエル建国の際持ち込んだと言われている。レストランやホテルなどを経営している。施設は質素だが花壇があちこちにありよく手入れされて美しい花が沢山咲いていた。朝日がガリラヤ湖の彼方から美しく昇ってくる気持ちのよい朝だった・・

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