ようこそ! シリア へ

印象に残った・・・見どころスナップ


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マルーラ村全景 ( 写真左 )
マルーラ村はイエス・キリストが話していたと言われるアラム語が使われていることと住民の大半がギリシャ・カトリック教徒であることで有名である。人口約5000人の村である。アラム語を話す村は世界に3ヶ所だけといわれているが、教会の人が実際にアラム語を話してくれた。アンチレバノン山脈の麓に集落があり外界から閉ざされていたため、アラブ文化に吸収されず、迫害から逃れてきた。



砂漠の中のカフェ ( 写真右 )
シリア砂漠の一本道を走っていると途中に一軒の店がある。「バグダットカフェ」という店である。これはアメリカのロスアンゼルスからラスベガスに向かう途中に同じ名前の店があるそうで、それに因み名付けた由。風景も全く同じでアメリカの砂漠を走っていると同じ感じである。






シリア砂漠風景 ( 写真右 )
砂漠の風景であるが、走っても走っても風景は変らない、時々遊牧民ヴェトウインのテントが見られた。








ダマスカス市内の教会 ( 写真左 )
バスを降りて写真撮影のみ。





昼食のカサブランカ・レストラン ( 写真左 )
ダマスカスの旧市街地にあるレストランで、春巻きやシリア風ライスと肉などとても口にあって美味しかった。昔の邸宅を使ったレストランであった。



聖アナニアス教会 ( 写真右 )
旧市街の中にあり、ひっそりとたたずむ教会。階段を下りると中が洞窟のような祭壇がある。このあたりはエルサレムから迫害され逃れてきたキリスト教徒が住みついた。目が見えなくなったパウロの目にアナニアスが手をおきウロコガ落ちたと言われている。その後パウロは布教の旅に出た。内部にはそのストーリーを書いた30枚の絵が飾られている。





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ウマイヤド・モスク ( 写真左 )
ウマイヤ朝の時代、715年に建てられた世界最古のモスク。元々はアラム人のハタデ神の神殿であり、ローマ時代にはジュピター神殿になり、4世紀には聖ヨハネ教会となる。8年間掛けて壮大なモスクに改築された。礼拝堂は137mの横長の作り。ローマ時代の柱が2列並んでいる。中央には洗礼者ヨハネの墓がある。



アカンサスの葉 ( 写真右 )
ローマ神殿のコリント様式の柱の飾りに描かれた。シャキッツとした綺麗な葉っぱである。






アゼン宮殿 ( 写真右 )
1749-1752年オスマン朝ダマスカス知事のアルアゼン氏が建立。現在は民族博物館として一般に公開されている。トルコ風建築で内部はアラブの寺子屋やメッカへの巡礼の様子や寄木細工の楽器やシリアの工芸品全般など多岐にわたる展示品がある。


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ウマイヤド・モスクの中庭 ( 写真左 )
中庭は122m×50mの広さで白大理石が敷き詰められている。中央には宝物庫がある。3本のミナレットが建っている。鳩が沢山おり床には糞があちこち落ちており、歩く時にはご注意を!



聖ヨハネの首が発見された場所 ( 写真右 )
礼拝堂の中央に祭られた墓・・・。





ボスラ・アサド大統領のパネル ( 写真右 )
ボスラは古代からナバテア人が暮らした土地。ローマ時代はエジプトからメソポタミアの貿易路の中継地として栄え、シリア出身の皇帝フィリプスアラブスがローマ風都市を築いた。ローマ劇場入り口には現アサド大統領のパネルが飾られている。37歳の眼科医でもある。





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中東で一番美しいローマ劇場 ( 写真左 )
中東で一番美しい半円形劇場。保存状態のよさはトルコのアスペンドス、南仏のオランジュと並ぶ。37列の急な客席で約6000人収容できた。2世紀に建立、音響効果は抜群。・・



のんびりしたレストラン ( 写真右 )
劇場の近くのレストラン。店主が暇そうに店の前に立っていた。 こんな田舎でもインターネットカフェがあるのには驚いた。





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