ようこそ!

パナマコスタリカニカラグアエルサルバドル

ホンジュラスベリーズグアテマラ

中米7カ国の旅 編

旅のデザインルーム (2010.03.07〜03.23) [拡大]
中米7カ国を回ってきました。 エッツそんなに国があるの?っと、全部の国を即答できる人は少なかろう。 一つや二つくらいは聞いたことがあるかな・・?というのが私のこと。 一緒に云ってみてください・・。まず北から グアテマラ、ベリーズ、エル・サルバドル、ホンジュラス、ニカラグア、 コスタリカ、そしてパナマの7カ国です! いかがでしたか?いくつ答えられましたか・・! パナマ運河のパナマや動植物のエコツアーでのコスタリカ、マヤ遺跡のグアテマラ、ホンジュラス、 サンゴ礁の美しいベリーズ!くらいでしょうか・・  それはともあれ、私の第一印象は中米がこんなに高温多湿の凄い国!であったということ 一日の発汗量は想像を絶する・・雨季のカンボジア並みであった。 これも経験のひとつ、それぞれの国の見所も多く成果があった。 今回もまた新しい発見、新しい感動があった。 やはり旅は楽しい・・!! Managua・Arenal・Panama city・San salvador・Belize city
・Flores・Copan・Antigua・Los Angels
クリックすると拡大写真がみれるよ
クリックすると拡大写真がみれるよ
世界遺産 世界遺産・ティカル遺跡!!
マヤ最大の神殿都市遺跡
栄華を誇ったティカルも10世紀に入ると
他のマヤ遺跡群と同様、急激な衰退をたどる・・
世界遺産世界遺産・コパン遺跡!
ティカル遺跡と並ぶ見事なマヤ遺跡だ・・ 
林立する石碑や神殿の階段などに
数多くの装飾を残している!・・ 

クリックすると拡大写真がみれるよ

世界遺産世界遺産・キリグア遺跡!
コパン遺跡と並んで貴重な
マヤの石碑が残っている。
  グレート・プラザにある石碑は高さ8mも・・

クリックすると拡大写真がみれるよ
クリックすると拡大写真がみれるよ
クリックすると拡大写真がみれるよ
世界遺産世界遺産・シュナントウニッチ遺跡!
ベリーズを代表する古代マヤ遺跡の一つ!
高さ40mのピラミット壁面の装飾が残っており・・[拡大]
マヤの遺跡に住む動物!
コパン遺跡のコンゴーインコ
ティカル遺跡のアライグマ・・[拡大]
世界遺産世界遺産・アンティグアの町!
中米でも最も華やかな町として
最盛期には6万人以上の人が住んでいた!・・[拡大]

クリックすると拡大写真がみれるよ
クリックすると拡大写真がみれるよ
クリックすると拡大写真がみれるよ
マヤの先住民・チチカステナンゴ
カラフルな民族衣装
先住民の血を引くキチェ族![拡大]
中米に咲く花々!
亜熱帯性高温多湿気候
色鮮やかな花々・・[拡大]
パナマ運河!
海面と26mの標高差を利用し
3つある開閉式の水門を通り、・・・[拡大]




*中米7カ国の旅
総括スライド 40枚+40枚+36枚/440秒

*お気に入りショット ! 40枚+37枚
*お急ぎの方への お気に入りショット ! 78枚



政府観光局基本情報 !! パナマ コスタリカ ニカラグア エルサルバドル
グアテマラ ホンジュラス ベリーズ 外務省



           中米7カ国の旅 総括:
中米7カ国を回ってきました。中米、中央アメリカと言っても普段は北米か南米の方が国土も大きくよく 知られており、その狭間にある中米は見過ごされやすくどんな国があるか、一つや二つは言えても全部言える人 は少なかろう。全行程17日間で回ったので一つの国で2−3日滞在なので上辺だけの見聞といえましょう。日本 から中米への直行便はないのでアメリカ経由が一般的。今回はロスアンゼルス経由のエルサルバドルへTACA航空で 入った。TACA航空なんて初めて聞いた航空会社であったが、一国1社の会社ではなく、コスタリカ、グアテマラ、 ニカラグアなど中米の各国と南米ぺルなど4カ国の国営会社で北中南米路線に運行しているフライトスケジュール 厳守率99%の実績ある会社である。中南米旅行では必ずお世話になる会社である。成田からロスへ入国したが、ロ スの入国管理の処理が早くスムーズに行われたことに驚いた。ひと昔に比べ随分改善されていた・・   次に驚いたのは、これらの中米諸国が亜熱帯性高温多湿気候であったということ。当然のことだが私の勉強 不足で軽く甘く考えていた。大体一年のうち11月から4月が乾季と言われており、平均気温は30℃前後、高いところ で35℃程度、湿度は70〜80%前後だが、特にパナマでは暑さと湿気で体力を消耗した。丁度カンボジャの雨期を想像 させるように、暑くて蒸し蒸しで汗がだらだら・・であった。日差しは強く半袖の両腕は皮膚が剥けたくらいであ る。暑さだけならまだ耐えられるが湿度が高いとより不快感が募る。そんな中広大な遺跡を歩くと一日2万歩を超す こともあった・・結構、歩く旅であったが、 世界遺産は7つ見ることができた。          しかし、今回の旅で印象深かったのはマヤ遺跡の素晴らしさであった。グアテマラのティカル遺跡やキリグア 遺跡、ホンジュラスのコパン遺跡、などいずれも世界遺産に登録されている。鬱蒼とした熱帯雨林に眠るマヤ最大 級の神殿都市、高さ70mにも及ぶ神殿、階段に刻まれたマヤの神聖文字、紀元前400年から紀元後900年にかけて栄       えたマヤ文明は驚異的な天文学の知識や建築や彫刻の技術、独特なマヤ文字などを残して消滅した。その最盛期に       は6万人の人が住んでいたというティカル。この他にもまだ沢山の遺跡が眠っているというが当時の栄華が偲ばれる       ・・   驚異的なマヤの暦、文字、数字に興味を引く。マヤの文字は基本的には動物や人間の顔、体、植物などがモチ       ーフになっており、それ自体が意味を持つものと表音文字とがあり、一つの文字は中心となる部分と接頭語や接尾       語のような性質を持つ部分との組み合わせで構成されている。また、数字は二十進法を採用し、0は貝殻のマーク、       1は・一つ、2は・・点二つ、5は横棒一つ、10は横棒二つ、20になると位が一つ繰りあがり、貝殻の上に点1 個で       表記される。暦は太陽と月と金星の動きを基に作られたと言われ2種類あり、365日周期のハアブ暦と260日周期の       ツオルキン暦がある。時を表す単位は1キン(1日)、20キン(20日=月)=1ウイナル18ウイナル(360日)=1トウン、       20トウン(7200日)=1カトウン、20カトウン(144,000日)=1バクトウンなど・・    ハアブ暦は二十進法により1年を18カ月(1か月は20日)と5日(365日)とし主に農作業に使い、ツオルキン暦は        13日間を1周期としそれが20周期で1年となる(260日)暦で主に宗教儀式に関連したものに使われていた。この二つ        の暦の最小公倍数は18,980日となり52年で組み合わせが一巡するという。マヤ人にとって重要な数字で52年毎に          重要な出来事があるという。最近よく耳にする2,012年人類滅亡説はこのマヤの長期暦からきているのである。 長期暦によるとマヤの最初の日は紀元前3,114年8月13日と言われており、次に組み合わせが一巡するのが2,012年 (13バクツーン大周期=5,125年)と言われている。マヤ文明は他に類を見ない優れた天文学の知識を持っており現 在我々が使用している暦と僅か17.28秒の誤差しかないという。なぜこれほどの高度な知識を持っていたのだろう か・・。なれば2,012年の大予言は当たるのだろうか・・   マヤ 文明が消滅した後、数百年を経て1,502年コロンブスが4度目の航海の途中でホンジュラスの沖でマヤ の貨物船に遭遇し、その報告を受けてスペインによるマヤへの侵攻が始まり、1,511年にはメキシコのユカタン半 島へ上陸、マヤへの本格的な侵攻は1,524年グアテマラを制圧してからである。スペインは新たな領土と富の獲得       の他キリスト教の布教という目的があった。徐々にマヤの先住民族の社会を征服して行き、マヤ文明の貴重な資       料や遺物を破壊、焼却する愚かな行為が続くのである。世界遺産に登録されているグアテマラの古都・アンティ グアは、1,773年の大地震で崩壊するまではスペインの植民地時代の首都であったところでコロニアル調のたたす まいが残る美しい町である。同じ世界遺産に登録されているコロニアル調の町としては「キューバのトリニダー」 「ウルグアイのサクラメント」などがあるがこのアンティグアの規模や美しさにはかなわない・・お勧めの町で ある。   スペインの侵攻はグアテマラのみにとどまらず隣国のエル・サルバドルやホンジュラスまで及んだ。やがて       1,821年にグアテマラやエル・サルバドルやホンジュラス、ニカラグア、コスタリカなど5カ国がスペインから独       立し中央連邦共和国を作ったがうまく行かず17年後にはこの中央連邦共和国は崩壊し、各国が共和国として独立       の道を進む。どの国も進化の過程で独裁者が出て軍事政権による弾圧政治が続き多くの市民、農民層が虐殺され       ていく。特にグアテマラでは数十万人の反政権派が虐殺されているがその事実が表面化されていないという。キ       ューバ革命の英雄チェ・ゲバラも一時、このグアテマラで活動していたという。1,990年に軍事政権は倒れるが、              1,992年この暗黒の実態を出版した作者も翌年暗殺されるという暗い歴史を背負っている・・    やはり中米を歩いて特筆すべきは、パナマ運河である。小学生の頃から名前だけは知っていると言う人も多        いだろう。現在の日本経済に少なからぬ影響を与えていることは間違いない。日本は、アメリカ、中国、チリに次        ぐ、パナマ運河第4位の利用国である。太平洋側から大西洋側へパナマ運河を使わず南米最南端のホーン岬を回れ           ば21日余計にかかるという。世界経済にとっても有り難い。このパナマ運河工事には多数の犠牲者や幾多の難関を 越えて完成したことを忘れてはならない。スエズ運河を成功させたフランス人レセップスにより1,880年着手した が黄熱病や難工事のため1,889年に断念。その後アメリカが1,903年に着手、1,914年に開通させた。日本人青山士が 参加。海抜26mのガツン湖の落差を利用し3つの閘門を設け船の水位を上下させて通過させるシステムを取る。現在 通行できる船は長さ294m、幅32.3m、喫水12mであるが、2,014年を目標に長さ366m、幅49m、喫水15mの拡大工事が進 んでおり通行量は現在の2倍に拡大すると予想している。今回パナマ運河クルーズを体験したがそのシステムの素晴 らしさに驚いた・・。尚参考に、個人での2hクルーズの料金は115$(昼食付き)である。   今回のコスタリカには失望した。名高い美しいケッツアルや多数の動物、植物の自然保護を大切にする本場で あるだけに期待は高まったが終日予定しいたカーニョ・ネグロ野生保護区のクルーズはサッパリ!ケッツアルのケ の字、14,000種いるという蝶も姿を見せず、唯のどこにでもあるクルーズに終わった。カイマンワニ、バジリスク       やアメリカヘビウ、カワセミやホエザルなどしか見られなかった。クルーズした時間帯が悪かったのかこの程度の       ものなのか分からないがコスタリカだけに絞ったツアーに来ないと駄目だと痛感した。丁度、帰途ロスアンゼルス でコスタリカだけの12日間ツアーに参加した人たちと出会い、ケッツアルの美しい写真を沢山見せて貰ったり撮影 武勇談など聞いたがが、羨やましくただ指をくわえて聞くだけだった・・   首都グアテマラ・シティから北西に約100kmの処にある標高2,030mの小さな町チチカステナンゴ。先住民の言葉 で「トゲのある紫の木が生える土地」を意味する。ここでは毎週木曜と日曜日に露天市が開かれ、近隣から伝統的 な民族衣装を纏った先住民が集まってきて民芸品や日用品の売買をし数万人の人で賑わう。丁度日曜日に訪問した       がカラフルな民族衣装と活気ある人々の姿に興奮した。この付近にはキチェ族とカクチケル族が住んでいるが、昔       は侵攻してきたスペイン人に騙されて敵対関係にあった。この町の中心にセント・トーマス教会が建っており、此 処にはマヤの聖典である「ポポル・ブフー」の原典があったことで有名。その聖典には先住民キチェ族 国家が崩 壊するまでの歴史や「人間はトウモロコシから生まれた」という興味深い話まで記述されているそうだ・・ その他各国の生活情報について。中米7カ国の生活は裕福とは言えない。最貧国の中に加えられる国もある。 平均月収で見るとニカラグアで教師:150-500$、所得税は1,000$以下は0%、2,000$で15-16%、消費税:10%。コスタ リカで公務員:600$、民間:1,000$ 所得税は1,000$以下は0%、2,000$で5%、消費税:13%、観光産業は収益の5%の 売上税。パナマでは平均600$、消費税5%。ベリーズでは公務員:700$、所得税5% 給料はよいが中米一の物価高で実 質は苦しい。グアテマラでは農業:200$程度で生活は苦しい。年金制度についてみれば、コスタリカでは18%の給料 天引きを18年間続ければ権利が得られ男65才、女60才から受けられる。その間国立病院は無料で受診できる。   今回の中米でよかった点は、@電気のコンセント形状及び電圧が日本国内と同じでアダプターなしでその まま使え、7カ国とも110Vとは驚きであった。因みにナミビアでは日本でも販売していない独特のコンセント(B3L) で旅行者には不便を強いた。A各国ともチップ不要であったこと。基本的にはチップの習慣がないが特別に何かを 頼んだ時には10%程度のチップは払う。B各国とも観光地に押し売りがいないこと。観光に集中できてよい。一番酷 いのは中国!この押し売りには観光気分を損なわされる。以上の3点は小さなことのようであるが、旅行時の一番 気になるところでもあり、その意味で好感が持てた・・          中米ビールの品評。旅に出ると水代わりにビールを飲むが各国とも微妙に味が異なる。それぞれに風味が あってよいのだが好き嫌いの点で独断で評価した。どうしても日本で飲むビールが基準になるが、残念ながら 各国とも日本の味を越えるビールはなかった。美味しい方からあげるとニカラグアとグアテマラは及第点。コス       タリカとホンジュラスは到底及ばないレベルで落第。その他の国は特別美味しくもないが飲めなくもないレベル       でまあまあであった。各国ともアルコール量は4.2%から6.5%程度でこの割合自体は味には関係ないようであった。 この味も飲む時の体調や気温、環境などにも多少は影響があると思うが数回飲んだ印象で評価した・・   今回の旅もまた面白かった!いろいろ想像を越える環境の中での文化や大自然の雄大さに触れることが           でき、考えさせられたり刺激を受けることができた。やはり世界を歩き新しい文化を見て体験して感じること            ができる喜び・・・これが生きているという実感に繋がるのである。やはり旅は楽しい!

   

・・・・ 旅程の概要・・・・・


地図拡大

旅の日程・・

外務省発行の危険情報
*パナマ*コスタリカ*ニカラグア*エルサルバドル *グアテマラ*ホンジュラス*ベリーズ

* 中米自然(動物&鳥類)図鑑 *
旅程マップ・・ ( 写真左 )
東京→ロスアンゼルス経由→マナグア泊(レオンのカテドラル、ダリオの博物館、革命英雄記念館、マナグアの市内観光、グラナダの市内観光など)→アレナル火山国立公園→アレナル地方連泊(カーニョ・ネグロ野生保護区訪問など)→パナマシティ3連泊 (サルチー、サルセロ、サンホセ国立劇場、国立博物館、ヒスイ博物館、ポルトベーロ、マデンダムカミノ・クルセスの廃墟、サンホセ教会、パナマ運河クルーズ、パナマ運河博物館、フランス広場など)→サンサルバドル泊(サンサルバドル市内観光、マヤ遺跡・ホヤ・デ・セレン、謎の遺跡サン・アンドレス、の見学など)ベリーズシティ泊(総督官邸、簡単な市内観光など)→フローレス連泊(マヤ遺跡シュナントウニッチ、神殿都市遺跡ティカなど)コパン泊(キリグア遺跡など)→アンティグア連泊(コパン遺跡、マヤ考古学博物館、古都アンティグア、サンタクララ修道院、カプチナス修道院、チチカステナンゴ、日曜市場、パナハチェル、ソロラなど) ロスアンゼルス泊→成田


旅程・絵日誌・・・・・・旅のデザインルーム 添乗員  本橋 まさえさん記・・・・・


成田〜パナマ
パナマ〜グアテマラ
グアテマラ〜ホンジュラス
第1〜第6日目
第7〜第11日目
第12〜第17日目




・・・・ 印象に残った・・・見どころスナップ・・・・・


[ GUATEMALA・グアテマラ概況 ]
グアテマラの面積は108,889平方q(日本の約1/3)、人口は1,368万人(2008年)、首都はグアテマラシティ。民族は先住民38.4%、欧州系混血61.6%、公用語はスペイン語、宗教はカトリックが80%。主要産業は農業(コーヒー、バナナ、砂糖、カルダモン)、繊維産業。最近は観光産業の成長が著しい。経済成長率は4.0%(2008年)、失業率は3.1%(2005年)である。国民の半数以上が一日2$以下で生活する貧困層と推定されている。通貨はケツアールで1US$=7.6ケツアール(Q)、1Q=\11。物価は安定しているが、観光地では年々上昇している。雨季は5-10月、乾季は11-4月・・・・


クリックすると参考資料!



クリックするとスライド写真がみれるよ


グアテマラ市内の風景!
首都のグアテマラ・シティは1,775年にアンティグアから遷都された。地震の少ない標高1,500mにある高原地帯の爽やかな地である。政治と経済の中心的役割を果たしているが、一方で貧困や犯罪などの社会的問題も抱えており、ラテンアメリカ特有の猥雑さを持っている。中心地は銀行や裁判所など大きなビルが立ち並んでいるが、旧市街地には貧民街と思われる一帯も見られる。全人口の約15%にあたる204万人が住んでいる大都会である・・・



世界遺産ティカル遺跡の風景!
ティカル遺跡はグアテマラの北部、ペテン地方のジャングルの中にある、マヤ最大の神殿都市遺跡として知られている。ティカルには紀元前200年頃から人が住み始め紀元後900年頃まで約1,100年もの長期にわたり繁栄し、人口は少なくとも1万人以上の大都市であった。繁栄期には領土や建造物を増やし、現在分かっているだけでも4,000以上の建築物が確認されている。栄華を誇ったティカルも10世紀に入ると他のマヤ遺跡群と同様、急激な衰退をたどる。その後埋もれた大都市がスペイン人によって再発見されたのは1,696年という・・・・。遺跡内にはT号神殿、U、V、W、X、失われた世界、7つの神殿の広場などが点在している。中でも高さが一番の神殿はW号神殿で約70mもあり、当時アメリカ大陸で最高の建築物であった・・


クリックするとスライド写真が見られるよ
ティカル遺跡の地図
神殿の写真

* ティカルの動物&鳥類 図鑑 *



クリックするとスライド写真が見られるよ

世界遺産古都アンティグア!! 
標高1,520mの高原にたたずむ静かな古都・アンティグア。現在のグアテマラ・シティに遷都される前の3番目の都として1,543年に創設された。グアテマラ・シティからバスで約1時間、周囲を富士山によく似たアグア火山をはじめ、3つの火山に囲まれた町である。中米でも最も華やかな町として最盛期には6万人以上の人が住んでいたが、1,773年の大地震で大きな被害を受け首都を移した。当時の地震で崩壊した教会やコロニアル様式の建物や敷石の道などの街並みが美しく残っており、1.979年世界遺産に登録された。毎年3、4月の聖週間のイベント時期には世界中から観光客が訪れるという・・・



世界遺産世界遺産・キリグア遺跡!
ホンジュラスのコパン遺跡の北約50kmに位置するキリグア遺跡。カリブ海に向かって北東に流れるモタグア川流域に300年頃から栄えた都市で、738年にはコパンから独立したが僅か100年で歴史上から姿を消す。コパン遺跡と並んで貴重なマヤの石碑が残っている。中でもグレート・プラザにある石碑は高さ8mもありマヤ遺跡の中で最も高いステラである。石碑の他に、4m四方もある巨大な岩に亀や蛇やジャガーなど異様な動物の形やマヤ文字を彫り込んだ「獣形祭壇」はキリグア彫刻家の優れた技量を象徴するもので、キリグア遺跡のもう一つの目玉とされている・・・・


クリックするとスライド写真が見られるよ
キリグア遺跡の地図
キリグア遺跡の写真


クリックするとスライド写真が見られるよ


チチカステナンゴの風景! 
「チチカステナンゴ」とは先住民の言葉で「トゲのある紫の木の生える土地」の意味。標高2,030mの高原地帯にある小さな町。別名サント・トマスとも。地元の果物や手造りの民芸品などいろいろ。木彫りの仮面や幾何学模様の刺繍布など見ていて飽きないし欲しくなりそうなものが沢山・・。先住民キチェ族の文化が色濃く残る素敵なチチカステナンゴの町。どこの国でも市場を歩くのは新しい出会い、新しい発見があり旅の楽しみの一つである・・



日曜日の露天市の風景!
チチカステナンゴの日曜市!スペイン人によって1,540年に建てられたサント・トマス教会を中心に周囲には露天商がずらりと並らび、地元の買い物客と観光客でとても賑わっている。ここでの一番の見どころは毎週木曜日と日曜日に開催される市場である。普段は人口1万人程度の静かな町だが市場が開かれる日は近隣からの客で数万人にも膨らむ!日用品から民芸品まで多種多様・・。また町の中心部にサント・トマス教会があり市の日には香が焚かれ、松葉やバラの花びらが散らばって独特の雰囲気を作る・・


クリックするとスライド写真が見られるよ



クリックするとスライド写真が見られるよ


パナハチェルの風景!
グアテマラ・シティから西へ約150kmにあるパナハチェル。周囲をサン・ペトロ火山(3,020m)、トリマン火山(3,158m)、アティトラン火山(3,537m)の3つの火山に囲まれた世界で最も美しいと言われるアティトラン湖がある。標高1,560mのところにあり最深部で320、山々を背景に美しい湖面が揺らいでいる。湖の周囲には先住民の村が点在する。それぞれの村を訪れ、元気な子供たちの姿や織物をする女性の姿や男たちの働く生活風景を楽しむのも楽しみである・・。町の中心サンタンデール通りには銀行、郵便局や土産物屋が並び賑やかである・・



ソロラの風景!!
パナハチェルから10kmほどグアテマラ・シティ側に戻った標高2,113mの山にある町がソロラである。人口は約1万人でパナハチェルよりやや大きいソロラ県の県都。男性も女性もカラフルな伝統衣装を付けており、市が開かれる町の様相は先住民色が強く表れる。特にソロラの男性の衣装は赤やピンクを基調とした布に柄が織り込まれたもので、茶色に白の格子柄が入った羊毛の腰巻も特徴的である。周辺の村から出てきた伝統衣装を着た先住民でカラフルで活気に満ちている・・


クリックするとスライド写真が見られるよ



クリックするとスライド写真が見られるよ


フローレスの風景!
数多くのマヤ遺跡が残るペテン県の中心都市・フローレス。ティカル遺跡への拠点となる町である。フローレスはペテン・イッツア湖に浮かぶフローレス島とサンタ・エレーナ地区を合わせていう場合が多く、この地区の総称となっている。島は人口200人程度でホテルやレストランが集まっている観光の島でありこじんまりして綺麗な落ち着いた雰囲気を持っている。一方サンタ・エレーナ地区にはバスターミナルや市場があり、庶民的な街並みが広がっており、市場の周辺は買い物客で賑わっている。島とは全長500mのレジェノ橋で結ばれている・・



アンティグアのホテル風景!!
アンティグアの SOLEI(旧ヴィラ・アンティグア)で2泊した。ホテルは町の中心部から約1km西南の外れにある。町中の道路は碁盤目状の石畳になっており、各所に一方通行の規制がなされている。中心部から歩いても1時間弱程度である。高級ホテルで設備も整っており、庭には美しい花々が咲き誇っている・・。ただ残念なのは部屋には湯沸かし器具が設置されておらず、お湯はフロントで取り寄せになる・・


クリックするとスライド写真が見られるよ




[ BELIZE・ベリーズ概況 ]
1,981年英国から独立、アメリカ大陸で一番新しい国。面積は22,963平方q(四国の約1.2倍)、南北280km、東西109kmで中米で2番目に小さい国。人口は32万人で中米で最も少ない。北はメキシコ、西と南はグアテマラに接し、東にはカリブ海。首都はベルモパン。ベリーズ。シティは最大の都市で人口約7万人。民族はマヤ系先住民が52%、メスチィーゾ45%。公用語は英語。カトリックが80%。亜熱帯性気候で年間平均気温は26℃、湿度87%、国花はブラックオ−キッド、国鳥はトウカン、国木はマホガニー。主産業は農林水産業(オレンジ、砂糖、ロブスター、マホガニー)。インフレ率4.5%(2008年)、失業率8.5%(2007年)古代マヤ文明の栄華を誇ったマヤ遺跡が20以上ある。通貨はベリーズドルで1BZ$=0.5US$=\47。物価は他の中米諸国に比べ高い・・


クリックすると参考資料!



クリックするとスライド写真が見られるよ


ベリーズシティーの風景!
ベリーズ国の中心地。かっては首都であったがハリケーンの被害に遭い、現在はベルモパンに遷都しているが唯一の国際空港をもつ空の玄関口である。人口は約9万人で総人口の25%が住んでいる大都会で経済やビジネスの中心地。住民の大半はクレオールというアフロ・ヨーロピアンである。カリブ海からの爽やかな海風とレゲエの軽快なリズムに包まれた町である。町は大きくはないが、中米では珍しい英国統治時代の名残を残している・・



マヤ・シュナントウニッチ遺跡
シュナントウニッチとは「石の女性」という意味。ベリーズを代表する古代マヤ遺跡の一つで葬祭用の施設として造られた神殿だと見られているが詳細は分かっていない。近くにはカハル・ペッチ遺跡やカラコル遺跡などあるがグアテマラ国境近くにありグアテマラのティカル遺跡にも近い位置にある。このシュナントウニッチ遺跡の見どころはエル・カスティージョという高さ40mのピラミットで保存状態のよい壁面の装飾が残っており、神や踊る人、怪物や貝殻などが刻まれておりマヤの世界観を表現している・・



クリックするとスライド写真が見られるよ


クリックするとスライド写真が見られるよ


ベリーズのホテル風景!
ベリーズで宿泊したホテルは Best Western BILTOMORE PLAZA。アメリカで人気のBest Westernの系列であろうか・・。ベリーズは中米の中でも唯一英国の植民地であった経緯があり、他の国に比べ多少豊かな国かと想像していたが意外な感じであった。ホテルは町中からは少し離れた場所で周辺に商店はなく、スーパーには歩いては無理。ホテルの中庭にはプールもあり、亜熱帯性の色鮮やかな綺麗なお花が沢山咲いていて散策するにはよい・・




クリックすると参考資料!


[ EL SALVADOR・エルサルバドル概況 ]
面積は21,040平方q(九州の約半分)で人口613万人(2008年)。首都はサンサルバドル。民族はスペイン系白人と先住民の混血が85%、先住民約5%、ヨーロッパ系約10%。公用語はスペイン語。宗教は大半が伝統的にカトリック。1,821年に独立。主要産業はマキラ製品(保税区で生産された衣類など)、農業(コーヒー、砂糖)。経済成長率は2.55%(2008年)、物価上昇率は12.76%(2007年)、失業率6.33%(2007年)。通貨はコロンであったが現在は米ドルのみが流通。物価は中米の中で最も安いが消費税は10%。熱帯性気候で年間平均気温は30℃前後である・・



サン・サルバドルの市内風景!
サン・サルバドルとは「聖なる救世主」という意味でエル・サルバドルの首都である。町は標高660mにあり、人口は約32万人。中米の中でも最も人口密度が高い国である。火山の噴火や地震など大きな自然災害を被ってきた歴史を持つ。1,980年には内戦が勃発、12年間も続き貧富の格差が生じ町の治安は悪化している。特に中心部のカテドラルのある付近は老朽化して荒廃した建物などもあり、夜間は危険地帯となる・・・・


クリックするとスライド写真が見られるよ



クリックするとスライド写真が見られるよ


世界遺産マヤ遺跡ホヤ・デ・セレン!!
サン・サルバドルの西36kmに位置するマヤ古典期前期に造られた村落の遺跡である。「中米のポンペイ」とも呼ばれ1,893年に世界遺産に登録された。ここでは3世紀頃から農耕が営まれていたが、640年に近郊のロマ・カルデーラ火山が噴火し村全体が5mもの灰の中に埋もれた。その後1,300年後の1,976年に偶然発見され。住居や農耕器具、耕作地などが当時の状態で残っており、出土品や住居跡から当時のマヤの村や生活の様子が伺える貴重な遺跡である。建物は日干し煉瓦を使い、竹を編んで鉄筋がわりに使っていたようだ・・



謎の遺跡サン・アンドレス!!
1,910年に発見された遺跡であるが、石碑にはマヤ文明特有の神聖文字が見当たらず、誰が何のために建設したかよく分かっていない謎の遺跡である。15の築山が見つかっているがまだ手つかずで放置されている。最初の建設は8世紀頃から始まり、それ以後古い建造物を全く違った様式の建造物で覆うという建築経過が確認されている。その変遷の過程でメキシコ中央高原地帯にすむナウア族の先進的な文化の影響を受けたとの見方もあるようだ。中心の1号ピラミットの高さは22mある。また1,977年に発見された小さな7号神殿はホンジュラスのコパン遺跡との関連も指摘されている・・・


クリックするとスライド写真が見られるよ



クリックするとスライド写真が見られるよ


カテドラル・メトロポリターナ!!
旧市街地の中心はバリオス広場でその北側正面に建つ町の象徴の一つでもあるカテドラル。正面のデザインがユニークである。1,950年に建てられた教会であるが、1,986年と2,001年の大地震で被害を受けたが、その後修復された。建物正面には農村で働く人々を題材とした、フェルナンド・ジョルトによる壁画が色彩鮮やかに描かれている。このバリオス広場の周辺は市場や日用雑貨の商店が並び町の中で最も活気がある地区であり、沢山の人が集まってくる。教会の横には国立劇場もある・・・・





クリックすると参考資料!

[ HONDURAS・ホンジュラス概況 ]
面積は112,492平方q(日本の約2/3弱)で人口748万人(2007年)。首都はテグシガルバ。民族は欧州系と先住民の混血が91% 、先住民6%。公用語はスペイン語。宗教は伝統的にカトリック。1,502年コロンブスが発見、1,821年に独立。主要産業は農林牧畜業(コーヒー、バナナ、養殖エビ)、経済成長率は4%(2008年)、物価上昇率は10.8%(2008年)、失業率は3.1%(2007年)である。高い熱帯の山々に囲まれ、北部はカリブ海、美しいビーチ、世界第二のサンゴ礁に囲まれ、南には太平洋とエルサルバドル、東はニカラグア、西はグアテマラとエルサルバドルに面している。通貨はレンピーラ(L)で1us$=19L、1L=\5.3・・・



世界遺産世界遺産・コパン遺跡
グアテマラとの国境に近いコパン遺跡はティカル遺跡と並ぶ見事なマヤ遺跡だ。紀元前1,000年頃から後900年頃までの間マヤの中心的都市として繁栄した。林立する石碑や神殿の階段などに数多くの装飾を残している。現在遺跡として見られるのは神殿や王の住居を中心とした祭祀建造物で、他の住宅域は密林に埋没している。コパン遺跡は4つに区分され、高層に神殿が重なり、空間を圧する重量感に富んだアクロポリス、石柱や石碑が林立するグランプラス、林の中に広がるセプルトウラス、もう一つは谷底のような空間に広がるエル・ボスケの4つの場所である・・


クリックするとスライド写真が見られるよ


クリックするとスライド写真が見られるよ


マヤ考古学博物館!
ホンジュラス西部、グアテマラ国境に近いコパン遺跡は優雅で洗練された様式美を誇るマヤ遺跡だ。コパン遺跡の特徴は、神聖文字の階段や林立する石碑などに施された彫刻の高い芸術性にある。マヤ考古学博物館は遺跡見学の拠点となるコパン・ルイナスという小さな町にある。館内には遺跡から出土した石碑や土器、ヒスイや貝殻などで出来た装飾品が目を引く。他にも球戯に使用した道具、マヤのカレンダーなどもある。小さな町の博物館という感じで大きな期待はできない・・・・



コパン・ルイナスの町中風景!!
コパンの遺跡に僅か10分足らずの近い町に宿泊した。町の風景が一変した!町の中心にある公園周辺には屋台や露店が並び沢山の人で賑わっていた。土日でもない木曜日だというのにこんなに沢山の人が出て、まるでお祭りのような騒ぎだったが聞いてみるとこの3日間がちょうどお祭りとのこと。周囲からはじろじろ見られて異様な感じがしたがホンジュラスにはこんな町もあるのだ・・・・


クリックするとスライド写真が見られるよ




[ NICARAGUA・ニカラグア概況 ]
面積は129,541平方q(北海道と九州を合わせた広さ=日本の約1/3)で人口は515万人(2009年)。首都はマナグア。民族は混血70%、欧州系17%、アフリカ系9%、先住民4%。宗教はローマカトリックが大半。公用語はスペイン語。1,502年コロンブスが発見、1,838年独立。主要産業は農牧業(コーヒー、牛肉、落花生、サトウキビ、とうもろこし、米、バナナ)、マキラ製品など。経済成長率3.7%(2007年)、物品上昇率13.8%(2008年)、失業率6.1%(2008年)。中米における最貧国のひとつ。通貨はコルドバ(C$)で1us$=19.4C$(2008年)、1C$≒\5。物価はエルサルバドルと並び安い。消費税は10%。一年中暑いが4-5月は35℃を超す・・


クリックすると参考資料!



クリックするとスライド写真が見られるよ


首都・マナグアの市内観光!
マナグア湖の南にある人口168万人のニカラグアの首都マナグア。標高50mの低地にあって年間平均温度は26℃、湿度が60%の高温多湿の都市。湖の対岸にはモモトンボ火山南側にはマサヤ火山が聳えている。この二つの火山の線上に断層があるため過去に地震の被害を受けてきた。最近では1,972年に大地震が発生している。また内戦終了後、徐々に整備が進められている・・



レオンのカテドラル風景!
国内第2の都市・レオン。1,851年まで200年以上の間ニカラグアの首都として、軍事、文化、宗教の中心地として栄えてきた。見どころは1,746年から約100年もの歳月をかけて造られた中米最大規模のカテドラルがある。此処にはニカラグアの国民的詩人のルベン・ダリオが眠っている。カテドラルの正面にはレオンの象徴でもあるライオンの像があり、夕方になると屋台も並らび、オレンジ色の照明が灯されて美しい。大聖堂屋上からの風景も素晴らしく楽しめる・・


クリックするとスライド写真が見られるよ

* レオンの町中風景 *



クリックするとスライド写真が見られるよ


ダリオ博物館の風景! 
1,867年この地に生まれた詩人ルベン・ダリオはラテンアメリカのみならず、19世紀のスペイン詩にも大きな影響を与えた。レオン市民はこの詩人を敬愛し、彼の育った家を博物館として保存した。内部には当時を偲ぶ家具などが展示されているそうだが中に入れず外観だけの見学となったのは残念・・・・



革命英雄記念館の風景!!
カテドラルとルベン・ダリオ博物館の近くにある小さな建物だが、革命に命を捧げたサンディニスタ戦士の数百枚の写真や遺品などが展示されている。革命に纏わる歴史をみるに、初期の純粋な志が権力を持つにつれ私欲へと変わってゆく人間の性が悲しまれる。歴史は繰り返す・・


クリックするとスライド写真が見られるよ



クリックするとスライド写真が見られるよ


古都グラナダ! 
人口10万人のコロニアルな町並みが美しい情緒ある古都・グラナダ。首都マナグアから南東45kmに位置する。1,524年スペイン人がニカラグアで最初に造った町である。カテドラルを中心にした歴史地区は建物の保存状態も良く中世の風情を残している。保守的で伝統を重んじる住民が多く、革新的なレオンと対立した歴史を持つ。中米最大の湖であるニカラグア湖の北西端に位置しており湖畔の町として栄えてきた・・



ニカラグア湖ミニクルーズ!
中米の中で最大規模を誇るニカラグア湖のミニクルーズ。マナグアでの国立博物館へ入れなかった代案として提供されたが、僅か1時間前後のミニクルーズであったが爽やかな瑚風を受けながら次々と現れる美しい光景に感動した。遠くにコンセプシオンやマデラス火山を見ながら湖面には薄紫や白の美しい水草の花を見、海鵜が飛び交い、子供たちが釣りを楽しんでいる風景、小さな島々の高級別荘などを楽しんだ・・


クリックするとスライド写真が見られるよ




クリックすると参考資料!


[ COSTA RICA・コスタリカ概況 ]
面積は51,095平方q(九州と四国を合わせた広さ)で人口は453万人(2008年)。首都はサンホセで標高1,150mにある。民族はスペイン系を主とする白人とその混血が95%。宗教は国教のカトリックが85%。公用語はスペイン語。1,502年にコロンブスが発見、1,821年独立。地理的には熱帯に属しているが年間平均気温は22.5℃という快適な気候。ホテル宿泊は16.39%の観光税、食事には23%の税&サービス料、物品には消費税5%以上(食品は非課税、高級品は高税)、チップは10-15%。出国税は26us$。国土の約24%が国立公園。鳥類は全世界の10% 850種、蝶は1,000種類、ウミガメは6種。国花はカトレアで1,800種ある。物品上昇率13.9%(2008年)、失業率4.9%(2008年)。通貨はコロンで1us$=570c、1c=\2。地元の物価は安いが観光価格は日本並みに高い・・・




サン・ホセの町中風景!
自然保護と教育の国コスタリカの首都。人口約38万人のコーヒー農園や火山などの山々に囲まれた高原都市で、標高1,150m、日本の軽井沢のような気候で快適! 1,737年の入植が始まりでタバコやコーヒーの取引で飛躍的に発展していった。1,823年には当時の首都カルタゴと政治的に対立したが勝利して新たな首都となった。「中米のスイス」と言われ落ち着いたコロニアル風な町並みが美しい。コスタリカは世界的なエコツアーブームにのり、世界中から観光客が訪れる政治や文化の都市でもある・・


クリックするとスライド写真が見られるよ


クリックするとスライド写真がみれるよ


リベリアの風景!
ニカラグアの国境に近いグアナカステ県の中心都市で人口4万人の小さな町だが古くから先住民文化が栄えた地方で、8世紀にはメキシコから南下してきたオルメカ族の中心地となっていた。昔はニカラグア領となっていたが、1,858年に正式にコスタリカに帰属した。コスタリカでは小規模自作農家一般的であるが、そんな歴史的背景もあってこの地方では牛の大規模放牧が多く、農作物もコーヒーやバナナではなく、米やトウモロコシが主産物になっている・・



アレナル火山近郊の風景!
コスタリカで最も活動の激しい火山のあるアレナル火山国立公園は、首都のサン・ホセからバスで4時間半の位置。観光客も多く、近くの温泉と合わせて人気が高い。アレナル火山は標高1,633m、円錐形の優美な姿をしているが、近くで見ると山肌から噴煙が上がり、時々火口から断続的に真っ赤な溶岩を噴き上げるという。火山の麓にあるアレナル湖はコスタリカで最も大きな人造湖である。観光拠点となるのはフォルトウーナという小さな町・・


クリックするとスライド写真が見られるよ



クリックするとスライド写真が見られるよ

吠えざるの声♪♪・・・


カーニョ・ネグロ野生保護区! 
ニカラグア国境に近いカーニョ・ネグロ野生保護区は、水鳥の楽園である。カーニョ・ネグロ湖へ流れるフリオ川を15-6人乗りのツアーボートで下って行くとシラサギやアメリカヘビウなどの水鳥やマイコドリやかわせみなど色鮮やかな鳥に出会う。また大きな声で威嚇する吠え猿にも会えた。世界で最も美しいトカゲのグリーンバシリスクやケイマンなどの虫類も見ることができる。この静かな湖畔は鳥だけではなく、野鳥愛好家にとっても楽園であるが動物たちの活動する時間帯を調べて行かないと期待外れになる・・



温泉リゾートの風景!!
アレナル火山の麓には温泉が湧き出し、多くのリゾート施設やホテルが建っているが、利用する多くの人は外人観光客である。我々はそのうちのひとつ、Titoku温泉を訪れた。受付でロッカーのキーを受け取り着替えて外の温泉場に行く。階段式に10畳程度の露天風呂が並んでおり、湯の温度などで分かれている。風呂も周囲は美しい観葉植物などで仕切られており、温泉に浸かりながらビールを飲むこともできる。なかなか洒落た露天風呂である・・・


クリックするとスライド写真が見られるよ



クリックするとスライド写真が見られるよ


イグアナレストランの風景!
フォルトウーナからカーニョ・ネグロ野生保護区へ向けて約1時間ばかり走った町に「イグアナの木?」と呼んでいるところがある。レストラン・イグアナとも。主人が趣味で飼っていたイグアナが繁殖して今では数十匹いや数百匹かも知れない数のイグアナが建物の側の木にとまっている。まるでイグアナのなる木だ!今ではちょっとした観光名所?親から子まで・・。キャベツや玉ねぎが大好物か、パクリ!人にもよく慣れている・・ この地方ではイグアナを食べる習慣があるそうでチキンに似たとても美味しい肉だそうだ・・



コスタリカの宿泊ホテルの風景!
Arenal Volcano Inn アレナル火山の麓にあるコテッジ風のホテル。広い敷地内に点在するコテッジ。部屋の周囲には美しい花々が咲いている。とてもよく手入れされていて早く起きて散策するのもよい。目の前に見えるアレナル火山の噴煙も見え、時には溶岩の噴出も見られるという。また、フロントに設置されたインターネットも無料で使えるのもよい・・


クリックするとスライド写真が見られるよ



クリックするとスライド写真が見られるよ


サルチーの風景!
サルチーの村は閑散としていて特に見るところもないが、色鮮やかな伝統的な牛車カレータの製造で有名な峡谷の村である。カレータは植民地時代にスペイン人がコーヒー運搬のために持ち込んだものだが、車輪に色鮮やかな模様が刻んでいるあるのはこの国ならではのこと。コスタリカの象徴的な存在で今でも使われている。サン・ホセ郊外のエスカス地方では毎年3月にはカレータ祭りが行われている・・



サルセロの風景
広場にある芸術的な庭木が美しいサルセロの町。アラフェラから50km北西、サン・カルロス県にある静かな高原の町である。教会前の広場にトッピアリーという装飾的に刈り込まれた庭木で有名な広場を中心に、美しい町並みが広がる。元は一個人の趣味で始まったこの刈り込みも人気を集めその後も続いている。この中心部の広場や牧歌的な町並みを散策するのもよい。この周辺は牧畜が盛んで、牛乳とトウモロコシを練って作ったタルマという甘い菓子が名物である・・


クリックするとスライド写真が見られるよ




クリックすると参考資料!


[ PANAMA・パナマ概況 ]
面積は75.51平方q(北海道よりやや小さい)で人口は330万人(2008年)。首都はパナマ・シティ。民族はメスティーゾ70%、黒人14%、白人9%、先住民7%。公用語はスペイン語。宗教はカトリック93%。主要産業は第3次産業(GDPの70%、労働人口の65%)、経済成長率9.2%、失業率5.6%。近年の経済成長は海外資本による高層ビル建設と海外企業進出、パナマ運河での取扱増、北米、欧州からの年金生活者の移住、観光客の増加などによる。尚日本は、アメリカ、中国、チリに次ぐ、パナマ運河第4位の利用国である。気候は赤道に近いので一年中高温多湿の亜熱帯気候であるが平均的には30℃前後である。通貨はバルボアといい米ドルがそのまま使われている1バルボア=1us$=\90。物価は他の中米諸国と大差ない・・・



パナマ・シティの風景!!
人口約81万人の歴史地区とビジネス街のふたつの側面を持つパナマ・シティ。世界の十字路と呼ばれるパナマの首都。1,519年のスペイン植民地時代からアメリカとヨーロッパを結ぶ交通の要衝として重要な役割を果たしてきた。1,914年人類史上最大の土木工事と言われたパナマ運河の完成によりますます重要性が増してきた。1,999年にそれまで管理されてきたアメリカからパナマに返還された。またスペイン植民地時代の繁栄を彷彿させる旧市街地には伝統衣装を着たクナ族の女性の姿も見られ、高層建築が並ぶ新市街と二つの顔を持っている・・


クリックするとスライド写真が見られるよ



クリックするとスライド写真がみれるよ


カテドラルの風景!
旧市街カスコ・ピエホ地区の中心に独立広場があり、この広場に面して建つこのカテドラル。旧市街の象徴のひとつである。1,688年〜1,794年に100年以上もかけて造られた美しい建物。イギリスの海賊ヘンリー・モーガンによって破壊された旧カテドラルから3つの鐘が移設されて現在の姿がある。教会の内部は公開されているが訪問日時が悪く残念ながら入場できなかった・・



サン・ホセ教会の風景!!
独立広場のすぐ側に建つ教会で、黄金の祭壇は有名である。1,671年に繁栄を極めた古都・パナマはヘンリー・モーガンによって破壊され全ゆる金銀財宝が略奪されたがこの祭壇だけは漆喰を塗って隠されていたため略奪を免れたそうだ。この光り輝く黄金の祭壇はカスコ・ピエホ地区の残る教会の中でも必見の場所である・・


クリックするとスライド写真が見られるよ



クリックするとスライド写真が見られるよ


フランス広場の風景! 
フランス大使館に隣接していることから命名されたカスコ・ピエホ地区の南東にある美しい広場である。パナマ運河を最初に手掛けたフランス人レセップスの胸像や運河建設労働者の生命をマラリアなどから救ったキューバ人医学者の記念像などがあり、運河とともに歩んだパナマにとっては国家的な記念広場である。広場沿いには海を望む遊歩道がある。新市街の夜景パノラマも見られ若者たちに人気の場所でもある・・・・



カスコ・ピエホ海沿いの道!
カスコ・ピエホ地区を歩いていて、この脇道に入り込み突然風景が変わったことに驚いた。今まで汚い古びた貧民街のような通りを歩いていたが、この海沿いの脇道は遠方に新市街の高層ビルが立ち並び、美しく咲いたブーゲンビリアのアーチをくぐり、カラフルなモラの衣装を纏ったクナ族の女性が民芸品を売っていたり、若者がギターを片手に歌を唄っていたり、一息つけるとても爽やかな光景であった・・・・・・


クリックするとスライド写真が見られるよ



クリックするとスライド写真がみれるよ


世界遺産世界遺産・ポルトベーロ!
コロンブスゆかりの小さな港町・ポルトベーロ。パナマ・シティから北東に約100kmの処にある。ポルトベーロとはイタリア語で「美しい港」の意。コロンブスが第4回目の航海の途中に立ち寄った際に命名された。地理的にも恵まれ重要な港として発展する。その後16世紀末には海賊の襲撃に備え強固な要塞が築かれ繁栄したが、1,668年にヘンリー・モーガン配下の海賊に襲撃されポルトベーロは徹底的に掠奪された。1,980年世界遺産に登録された・・



サンチャゴ要塞の風景!!
世界遺産・ポルトベーロのすぐ手前にある要塞で外観からはあまり期待していなかったが、中に入ってみるとポルトベーロに劣らず立派な要塞であったことがうかがえる。錆びた大砲が数十門並んでおり、弾薬庫跡もそのままに残っている・・


クリックするとスライド写真が見られるよ



クリックするとスライド写真が見られるよ


カミノ・デ・クルセスの風景! 
パナマ運河ができるまでは、太平洋と大西洋を結ぶ重要な道として16世紀にスペインが造った全長10kmあまりの道である。当時は敷石が並んでいたが現在でもその一部を見ることができる。インカの黄金や財宝を積んだロバや奴隷たちがこの道を通ってパナマのピエホに集められ、そこから大西洋を渡ってスペイン本国に運ばれたがパナマ鉄道の開通後は忘れられていった過去の道である・・・・



サン・フィリペ教会!
ポルトベーロの要塞を見て町中に戻ってくると途中にこの大聖堂がある。中には黒いキリストの像が祀られている。奇跡を呼ぶ黒いキリスト像と言われ数々の奇跡が語り継がれている・・


クリックするとスライド写真が見られるよ



クリックするとスライド写真が見られるよ


カリブ海の見えるレストラン!
ポルトベーロへ行く途中にあるレストランでカリブ海が見えるとの話で期待したが・・。入口を入ってすぐの場所は意外に風通しも悪く心地よくない。入口の右側の階段を下りて先の高台に行けば風景もよく場所的にはよい。食後にひと泳ぎもできる・・



パナマ運河の風景!!
大西洋と太平洋を結ぶパナマ運河は南北アメリカの最も細くなる部分に築かれた、長さ80kmの閘門システムを持つ運河である。パナマ地峡の内側にあるガトウン湖は海抜26mの高さにある。海面と標高差のある湖を利用して船舶は3つある開閉式の水門を通り、水位を調整しながら次の水路へと進んで行く。運河は1,914年に開通したが、この地域は長い間アメリカの支配下にあり、1,999年やっとパナマに返還された。現在は観光地としても公開されている・・


クリックするとスライド写真が見られるよ


クリックするとスライド写真が見られるよ

パナマ運河の断面を見る!


パナマ運河クルーズの風景! 
遊覧船で運河を体験するパナマ運河クルーズ!毎週土曜日、ガトウン湖(パナマ・シティのバルボア港から出ることもある)を出航した遊覧船は、最初のペドロ・ミゲル水門へと進んでゆく。水門に入ると前方の鋼鉄の扉の前でゆっくり止まり、その後入った後ろ側の扉が閉まりプール状態になったところで、水位を下げて行き、船は段々下がり、前方と同じ水位レベルになったところで鉄の扉が開き、次のミラフローレス水門へと出てゆく。水門を出た遊覧船は、ラス・アメリカス橋を背にして最終地のパナマ・シティに向かう・・。尚、ツアー料金は@115US$(昼食付き)である。



パナマ運河・水門(閘門)の風景!
パナマ運河にはパナマ・シティに近いミラ・フローレス水門、ペドロ・ミゲル水門、大西洋側のコロンに近いガトウン水門がある。水門では船舶が閘室に入り、水位が変わって船が上下する様子が見られるので、運河見物には適した場所である。最も見学しやすいのはパナマ・シティから6kmの処にあるこのミラ・フローレス水門である。ビジターセンターにはその日に水門を通過する時間帯が掲示されているほか、スライド上映ホールもあり、パナマ運河建設の歴史、運河や水門の役割、水門の開閉システムなどの展示もある・・。今回は通過のみで下船はしなかった。


クリックするとスライド写真が見られるよ



クリックするとスライド写真が見られるよ


パナマ運河博物館!
独立広場に面した、パナマ政庁舎の隣にある建物で館内は整備されていて綺麗である。パナマ運河建設にまつわるものから、現代のパナマ運河の役割に至るまで種々の資料が展示されている。建設当時の映像やパナマ運河クルーズの様子、アメリカから返還された時の式典の様子などがビデオ上映されている。残念なことに、入口では持ち物検査があり、館内の写真撮影は禁止である・・・




中米の人々の表情!
中米はそれぞれの国で民族構成が多少異なり、グアテマラではマヤ系先住民族が57%、ベリーズではメスティーソが49%、エルサルバドルではメスティーソが84%、ホンジュラスではメスティーソが90%、ニカラグアではメスティーソが70%、コスタリカではスペイン系の白人との混血が95%、パナマではメスティーソが70%、黒人14%という民族構成。特にグアテマラはマヤ系先住民族が多いが我々と同じモンゴロイド系であり、髪は黒、背丈は低くよく似ている・・


クリックするとスライド写真が見られるよ



クリックするとスライド写真が見られるよ


可愛い子供たちの姿!
何処の国に行っても子供は可愛い!何といっても表情がよい。無邪気で汚れを知らない瞳の輝きが素晴らしい。好奇心旺盛ですぐに近寄ってきて何かしゃべりたそうな顔をする・・。彼らにとって我々旅人は白人であり今まで余り見かけない異星人かも知れない・・



中米に咲く美しい花々!!
亜熱帯性高温多湿気候!お花にとってはよい条件だと思うが・・まず南国の花でお馴染みのブーゲンビリアはどこの国でも咲いているポピュラーな花だが、やはり原色に近い鮮やかな色の花が多い。中には名前も知らない、見たこともない花に出会ったがこれは旅の楽しみの一つである。中米に多い目立つ花は黄色い、黄金色のコルテスの花、オレンジ色の花を咲かせるポロの花、やピンク色のローブレサバナの花、場所によってはジャカランタの花も見られた。また中米では花だけではなく葉っぱの色どりなどを楽しむ観葉植物なども人気があるようだ・・


クリックするとスライド写真が見られるよ

花のある風景!



クリックするとスライド写真がみれるよ


素晴しい旅のサポーターたち
今回は、日本から同行の添乗員・本橋 まさえさんとグアテマラではガイドのマックスさん、ベリーズではデイビットさん、パナマではホセさん、ニカラグアではフランシスコさん、コスタリカではルイスさん、エルサルバドルではアルフレオさん、ホンジュラスではフリオさんやそれぞれの国のとドライバーさん、皆さんに大変お世話になった。バスのドライバーさんはベテランドライバーで、長距離を安全に運転していただき楽しい旅ができた。皆様には大変お世話になりました。感謝!感謝!・・・・・



その他のスナップ
数多くの写真を撮っていてもなかなか気に入ったものが少ない。此処ではちょっと変わった風景や珍しいものとかその土地の雰囲気を表している物などを選んでいる。一枚の写真にふと驚くものや心が癒されるようなものがあれば嬉しいのだが・・。今回は中米7カ国の旅。その国らしいものがあればいいのだが、目に付いた面白いものを紹介しよう・・


クリックするとスライド写真が見られるよ



クリックするとスライド写真がみれるよ


お気に入りショット
町を歩いていると何気ないところに面白い場面が転がっていることがある。その土地の臭いを感じられるものや非日常的な面白いものを撮りたいと何時も思っているのだが、なかなか思うような写真が撮れない。一枚の写真はいくら優秀な100行の文章よりも数百倍の情報量を持っていると思っている。写真は素晴らしい!私のお気に入りのショットを選んだ。少しでも土地の雰囲気が感じられると嬉しい・・



お気に入りの絵葉書( 写真右 )
何処に旅しても、絵葉書を必ず買うことにしている。美しい絵葉書は友人に雰囲気だけでも・・・と出すことにしている。大体、絵葉書の値段と切手の値段でその国の物価水準が判断できるのである。高いところは我々観光客にとって日常品が高いということになる。単なる風景のものより、主張を感じる絵葉書が面白いと思っているのだが・・・。今回のパナマでは絵葉書1枚が0.3$(@\32)、切手は0.4$(\40)、グアテマラでは絵葉書1枚が0.4$R(@\25)、切手は1.1$(\100)であったが、絵葉書1枚日本へエアメールで\70〜\130だからまあまあかなー・・


クリックすると詳細写真が見られるよ



クリックすると詳細写真が見られるよ

My Photo ( 写真左 )
今回もひとり旅であった。最近はホームページ用の写真をデジカメ一本で4,000枚以上も撮るので自分を撮る暇がないと言うのが本音である。ホームページ用の写真は欠かせない。被写体は風景や自然物などが多いが、最近はその土地の人物を撮ることに興味が湧いてきた。今回の中米7カ国の旅では何と6,500枚の写真を撮った。正直、写真を撮るのに夢中で、自分の写真は数枚しかなかった。帰ってから写真の整理が大変だ!




最後までご覧頂きありがとうございました。如何でしたか・・?
皆様の声を参考に、よりよいページを作って行きたいと考えています。
このページに関するご意見・ご感想をお寄せ下さい。

掲示板へ感想の書き込みをどうぞ! E-Mailの方はこちらへ!


前回の訪問国 ナミビアと南アフリカの旅 へどうぞ!


画像旅行記 ★ 旅いつまでも・・ ★ リンクフリーです。バナーをどうぞ! Top ページへ